旭川インプラントセンター愛和会Dr.Yamamoto's blog

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戦争下の歯科
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お盆も終り、夏もあとわずか…なはずですが、暑い日が続きますねぇ。
皆様、体調はいかがですか?

毎年8月には、決って戦争特集のTVが放映され、今だに新事実が次々出てきて、いったいどーなってるのか?と、いつも呆れてます。
大抵は、今頃真実が明らかになっても殆どが手遅れですから…

実は私の祖父(写真前列向って右から2人目)は、歯科医師で、室蘭市で開業していました。
まさに戦前から戦後にかけての話です。
その頃、父母は学生(今の高校)で、何をしていたかと言えば、学徒動員で、ひたすら大砲と戦闘機を山肌や飛行場で作っていたそうです??

当時、いくら製鉄所があるとは言え、北海道の果てに物資の余力はなく、したがって、木で張りぼてを沢山作って並べたのだそうです。
これ、事実なんですよ…
それ作りながら、まだ勝てると、誰が信じていたでしょうか…と、母はよく言ってます。
室蘭は港があり、当時は飛行場も軍需工場もあったため、実際に米軍の空襲や艦砲射撃を受けました。勿論木の大砲から弾は出ませんでした…

その時代の歯科医は…
徴兵はされませんでしたが、歯以外にも、頻繁に戦争負傷者の手当てに、あたっていた様です。傷を縫うのが上手かった?とか、

また、当時お金はあまり価値がなく、治療費のかわりにと、米や野菜や魚等を持ってきていたとの事で、とりわけ軍人さんは、お酒なんぞを持参で来ては、VIP待遇だった様です。

昔から何度も聞いたこの話も、今の学生さんにしたところで、ふーん、で終了ですね。

今は、医療も複雑になり、専門化されつつあり、昔の様に一人で何でもこなせる医師、というのが減って来た様な気がします。

おやしらずの抜歯は、腫れたり痛くなったりしたら評判悪くなるから、たとえ簡単なものでも他に紹介しよう、とか、
無痛治療に拘り過ぎて肝心の処置技術が低かったり、と。
或いは、病院を接客サービス業にしている様な流れもみられますね…
患者さんにとっては、ホテルのラウンジかの如くに接して貰うと、当然気持ち良いのでしょうが、どうもキザで話が弾まない様な…
私なら、多少ぶっきらぼうでも、人間味があって腕が確かなほうに治療して欲しいですね…

戦時中は、薬や歯科材料も金属もなく、どうやって虫歯を、抜かずに!治すかがが難しかったそうです。

それに比べて今の時代…少し不真面目ですね。
危機感ないからでしょうか?

以上、戦争の又聞きの話題でした。

もうすぐ秋ですね。
これからは少しずつ寂しくなって来ますね…
今を大切に過して下さい。

あしたば歯科クリニック山本卓生

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